もっと知る・もっと学ぶ ひふみラボ

タグで記事を検索

ひふみアニュアルミーティング2021 EVENT REPORT⑤ 企業の事業承継を考える305年続く老舗が創業家以外に引き継いだワケ(前編)

2021年12月12日(日)に開催した「ひふみアニュアルミーティング2021」。今年もオンラインでの開催となりましたが、「いろどりゆたかに」をテーマに多彩なゲストとのトークセッション、ひふみの運用メンバーによるセミナーパートなど内容盛りだくさんのイベントの様子を、レオスメンバーがレポートいたします!今回は、株式会社中川政七商店代表取締役会長の中川政七さん、代表取締役社長千石あやさんをお迎えして、当社代表取締役副社長・湯浅と「300年以上続く企業の事業承継とビジョン」をテーマに行なった鼎談の様子を、マーケティング部・沼尾がレポートいたします。

江戸時代・享保元年から続く老舗 中川政七商店さん。
実際に私も中川政七商店さんの店舗には何度か足を運んだことがあり、今回のセッションパートを楽しみにしていました!

買うことができない300年という長い歴史

湯浅:
中川政七商店さんは私もよく利用させていただいているのですが、300年の歴史という買えないものをもっていらっしゃるなと思っていました。歴史というとちょっと重くなってしまうのですが、今に至るまでのストーリーというのは大切ですよね。今あるものは、そこまでのストーリーがあるので価値がある。それがさらに続くともっと価値が高くなるといえるのかなと思います。300年という歴史を渡されても私は困ってしまいそうです(笑)

中川さん:
私の父の代は、時代もあったのか古いことにあまり価値を見出していなくて、歴史をあまりありがたいとは思っていなかったようです。実は創業年も間違えていました(笑)これはうちだけではなく、高度経済成長期を経験なさった他の会社さんもそうだと思います。

90年代のCI(コーポレートアイデンティティ)ブームの時に、「中川政七商店」という漢字名をカタカナ名に変えてみたり、そういう時代を経ながら「何を変えるのか、なにを変えないのか」ということを常に問われながらやってきていると思います。私が引き継いだときは、父からあまり歴史について言われなかったので、自由にやらせてもらっていました。300年の歴史はありがたいことですし、感謝もしないといけないですし、でもそこにあまりとらわれないというのを意識してやってきましたね。

ビジョンと“覚悟”

湯浅:
本日は「会社のビジョン」もテーマです。午前のプログラムの中で当社のシニア・ファンドマネージャー佐々木から「投資をする時に見るポイントがひとつしかないとしたら何を見ますか」と聞かれ「私はビジョン」と答えました。その会社が何をしたいのか、創業者、経営者、参加者、ステークホルダーの人たちが何を目的に自分の大切な時間や、お金などを注ぎ込んでいるのかというのを知りたくてそれをビジョンとして聞いているのですが、お二人はビジョンをどのように定義されますか?


千石さん:
私は、目的地というか、会社が経済活動をしながら目指すべきところという認識をしています。「社員が全員その目的地にコミットできるかどうか」ということで自分が働く会社を選んだらいいのではないかと思います。私もその一人ですし、新卒の方々と面接するときにも「工芸に詳しくある必要は今のところ全くないけれど、私たちがやろうとしていることに賛同できるか、それに働く時間を費やせるか」ということはしっかり考えてほしいと話していますし、私もそう考えています。

中川さん:
私は会社として一番上に掲げるものだと思っていて、一番上に掲げるということはつまり、利益よりも優先するということだと私は認識しています。株式会社である以上利益追求は大切ですし、そうしないと生きていけないですけど、それを上回るのがビジョン。ビジョンがあって利益があると思っています。社員にとっては目指すべき旗印だと思うし、経営者にとっては「覚悟」だと考えています。利益をあげることを株主から委託されているのでもちろんやりますが、利益をあげた上にビジョンを目指すということの覚悟の表明だと思います。

湯浅:
勝手な主観ですけれど、私と中川さんって似ていると思いました。(中川さんが)富士通にお勤めの時に、やりたいことがあっても自分の思い描くようにやろうとしたら、大企業だと色々な役職があって、そこにいくまでにも時間がかかりますし思い描いたことをできる立場になったとしてもなかなか難しいですよね。心の中で「これをやろう」という覚悟をしたかったけれども、覚悟をする環境が与えられてないっていうのが、(中川さんが富士通で勤めていた)2年間で見えたのかなという気がして。
「これをやりたいんだ」と思ったときに中川さんにとってそれをいち早くできるのは、具体的にいえば、小さくて成長している会社、場所であったんだろうなと私は理解をしているんです。やっぱり覚悟というのは大切で、生きていくうえで何かコトを成そうとしたときには、なにかしらの覚悟をしなければいけないと私は思います。

それは子どもへの教育もそうですよね。親に養ってもらっている間はそこまで覚悟はしなくていいよと。でもどこかで自分自身で覚悟を決めなければいけない時がくるのだから、それを今のうちに色々な場面で体験したり、「覚悟する練習をしておきなさいね」と伝えています。結局何か目指したいものができた時に覚悟が出来たら勉強もするだろうし、何かで突出した成績を目指すのであればその覚悟をするだろうし、そういうトレーニングをするフェーズが子どもの時なんだよと話しています。

中川さん:
私も子どもの教育の話に通ずることがあると思っています。それこそ私は母校の小学校で講演をする機会があるのでそういう時に必ず話す話があります。私は子どもに「覚悟」っていうとかまえられてしまうので別の言いまわしをするのですが、何か納得いかないことがあって文句を言いたいときは、「自分で決めることが出来ない」とか「選択肢を知らなかった時」だと思うんですよね。大人も同じで、働きながら文句を言っている人はおそらくその感覚なんですよね。だから大切なのは、自分で「選択肢を知ること」。そして親や先生に何を言われても「自分で決めること」。そしたらその道が多少ハードだとしても、自分で納得して決めたんだったら、文句を言いながら進むということにはならないと思うので。「自分で選択肢を知ることと、決めることを大切にしてもらいたいな」と話しています。それはつまり大人になると「覚悟」ということになるんだと思うんですけどね。

私も目標を立てる際、将来自分がどうなっていたいか逆算して考えることがあるので、ビジョンと“覚悟”というのは企業のことだけではなく個人でも通ずることだと感じました。

日本の工芸を元気にする!

湯浅: 
ここまでビジョンの定義についてお話をしてきましたが、御社は「日本の工芸を元気にする!」と掲げていらっしゃいますよね。これはどんな思いで、具体的にどんなことを指してお話なさっているのでしょうか?


中川さん:

具体的に言い始めたのは2007年です。当社は300年の歴史があるのですが、社是や家訓というものが全くありませんでした。新卒の会社を2年で辞めて戻ってきて、最初に担当した事業部が赤字だったので一生懸命黒字化してフッと一息ついた時に、「さて、なんのために仕事するんだっけ?」というのがわからなかったんですよ。お金を稼ぐため以外の大きな目的がないとこのまま仕事できないなと思って、世の中の会社を見てみたらビジョンというものがありますと。ビジョン集みたいな本があったので見てみたんですけど、ピンとくるビジョンとピンとこないビジョンがあったんですね。それは何なのかなと見ていると、その会社がやっていることと、掲げているビジョンが繋がってないやつは「張りぼて」に見えてしまって。でもそれが繋がっていると「いいビジョンだな」と思ったんです。張りぼてじゃない、やっていることと掲げていることが繋がるようなビジョンを作らなければならないのは理解したのですが、何を掲げていいのかわからなくて2年くらい迷い、2007年に「日本の工芸を元気にする!」と定まりました。

元気にするとは何なのかというのが大切で、日本の工芸メーカーの現状の話をすると、1990年代のピークから売上が6分の1になっているんですね。さらに関わっている方たちも4分の1になってしまったので、それをまず補助金がなくても経済的に自立できる状況にするということが元気にすることのまず一つです。プラス、ものづくりの誇りを取り戻してほしい。やっぱり「食えるからやる」のではなくて、そこに喜びがあってほしいなと思います。例えば自社ブランドを持つということもそうですし、価格決定権を取り戻すっていうことでもあると思うんですけど、そういう状況をつくるためのお手伝いをやろうと。それが中川政七商店のためになるんだということを良い言葉として見つけて、掲げるようになりました。

湯浅:
これは日本全国に通じますよね。今問題になっているのは石油価格が上昇したことによって輸送コストも上がるし、上がったコストを価格に転嫁できないという会社が多くあります。そのせいで元気が出せなくて逆に病気になっていってしまっていますよね。それってやっぱり誇りを持って商売ができていないのではないかなと感じます。自分の商品、製品・サービスに自信があり四六時中考えて頑張ったというものであれば、原材料のコストが上がったら価格も上げられるし、さらにいうと、頑張ったのだからその付加価値分は値上げしなければならないし。頑張ったのに上げられないものだったら、少し寂しいなと感じます。それこそ誇りがなくなってしまうという状態に陥っているような気がするんですよね。

中川さん:
原油価格の高騰や日本の人口の減少は私たちの手の届かないところなのでそれは状況として対応するしかないのですが、自分たちの手の届くところで良くしていけることがたくさん残っているんですよね。中小のものづくり企業はある意味「経営」がないので、「経営」をすることで伸びしろはいくらでもあり、そこが変わるだけで絶対良くなるという思いでやり始めました。

中川さん:
例えば、このマグカップの会社はバブル期は年商2億円だったのが8000万円まで落ち込んでしまい、借金が約1億円あったんですけど、今や年商3億円で、営業利益が平均10%くらい出る会社に生まれ変わりました。
それは、私が売れるものをつくれるからということではなく、「経営」を教えたんです。「経営」をするようになったら伸びたというたったそれだけのことなんですけど、それが皆さん出来てないのでそのお手伝いをひたすらしています。行政の取り組みなどでものづくりを良くしようとデザイナーさんが入ったりするというのはよくあるのですが、私たちはまたアプローチが違います。そして実際良くなるんですよね。

湯浅:
ちなみに経営というのは数字の部分とパッションの部分があると思いますが、どんな割合で伝えていますか?

中川さん:
数字とパッションで7:3くらいですね。

湯浅:
それは、元々パッションはあったけれども経営ができなかったということでしょうか?

中川さん:
もちろん各社区々なのですが、パッションは元々あったけれども、もう火が消えかけている状態なので、「大丈夫だよ」と言いつつ数字を支えるという感じですね。

価格と価値

湯浅:
ちなみに、中川政七商店に行くと、値段が安いとは思わないんですよ。でも買うときには別に私は「高い」と思って買ってないんですよね。どういう価格決定をなさっているんでしょうか?

千石さん:
あらゆるメーカーさんとものづくりをさせてもらう中で「工芸を元気にする!」と掲げている以上、私たちだけではなくメーカーさんも元気にならないといけないと思っています。そのため、適正な価格をずっと続けていけるような上代設定というのが基本的な考え方としてあります。
ただ、工芸という風にいうとすごくハードルが高いと思われる若い方もたくさんいます。もちろん手がかかっているので高価になってしまっているんですけど、ある程度の市場の適正価格というか、少しでも「これが欲しい!」と共感を持って購入できるという価格設定になるようにという努力はしています。手仕事で全てやると流通価格が適正にならないということがたくさんあるので、そこをどういう風に何で補うかということ改善していくという感じです。

中川さん:
そもそも工芸自体もなかなか認知がないし興味も持ってもらえていないという背景もありますが、「工芸」といってもと、実は3種類くらいあるんです。
いわゆる「美術工芸」みたいなものをイメージして高いと思っている方が多いのですが、私たちが扱っている工芸品はそれに比べるとほんとに安いんです。
私たちは「美術工芸」ではなく「生活工芸」みたいなレンジなんですよね。生活工芸は作家さんではなく工房でつくっているのである程度量産対応ができます。そのため美術工芸と生活工芸の中間くらいの値段で提供が出来ています。しかしもっといくと「土産工芸」みたいな、もっと安くてある意味ラフにつくられているものもあります。違うものが実は混ざっていて一括りにされているんですよね。

湯浅:
なるほど。でも取扱い商品の中には一部美術工芸っぽいものもありませんか?

中川さん:
混ざってはいます。そこを混ぜながらも主としては生活工芸です。私は生活で使うものを手でつくっているのが工芸の起源であり、定義だと思っているのでそういうものが中心ですね。

湯浅:
過去の日本ってデフレの環境下にいたので、全体の物の値段が下がってくると、他社と価格競争をしないと売れなかったと思います。そういうご経験ってありましたか?

中川さん:
「安ければ売れる」あるいは「性能が高ければ売れる」というのが高度成長期の日本のものづくりだったと思うんですけど、もはやそういう時代ではないと思うんですよね。それが全てだったら多分日本の工芸は滅びるしかないと思うので。でも価格や性能ではないところに価値を見出せるし、生み出せるはずなんですよね。それを支えているもののひとつにビジョンがあるんじゃないかと思います。
ここ15年は「モノからコトへ」といってライフスタイルやブランドの世界観というのも当然みられるようになっていきました。昔はモノだけでよかったんですけど、ライフスタイルまでみられて判断されていると思うんです。さらに私は一歩進んで“ライフスタンス”が重視されていると感じています。

湯浅:
ライフスタンス、ですか?

中川さん:
はい。企業としての価値観、思想、ビジョンまでをお客さんは見たうえで購入の選択をしていると思うんですよね。象徴的なのがBlack Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)で、あらゆる企業が人種差別反対のステートメントを出していましたよね。Forbesはそれを「マーケティングだ。」と揶揄したんですよね。でもその通りだと思いました。
一昔前は靴を売るのに会社の思想なんて関係なかったけど、今は購入の選択をするときの判断材料になってきてる。だから企業がどんなメッセージを発信するのかは大切だと思うし、そういうところに値段とか品質とかだけではない価値というのがあり、その源泉がビジョンだと思います。

今はモノやサービスが溢れているので、企業の思想、価値観、ビジョンというものはもちろん購入の決め手になっていると思います。私も商品を購入する際、原材料や作り手側の労働環境などを判断材料に購入する商品を選択しています。そういったところから現代の買い物の価値観が変化しつつあるということを感じました。


後編につづく。

※当記事のコメントは、個人の見解です。当社が運用する投資信託や金融商品等の売却・購入等の行為の推奨を目的とするものではありません。