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「GLP-1」から考える 自由診療ビジネスの未来【ひふみ目論見倶楽部 専門分野編#2 奥 真也さん】

10年後の未来を創造する「ひふみ目論見倶楽部」。今回は医師・医療未来学者で医療ビジネスにも詳しい奥真也さんをお招きし、肥満症薬として注目される「GLP-1」を中心に、自由診療ビジネスの可能性と課題についてトークを展開しました。その一部を抜粋して紹介します。

ひふみ目論見倶楽部とは?
「ひふみ目論見倶楽部(愛称:ミーモ)」は、未来の選択肢を提示し創造することを目指して設立しました。「目論見倶楽部」という名前は、未来を企画して前進し世の中を動かしていくというニュアンスを「目論む」という言葉に込めて名付けました。 ひふみが提示する新しいアクティブファンドの在り方、そして「ひふみの魅力」を形づくる中核的な活動が、この「ミーモ」です。レオス・キャピタルワークスのメンバーや外部の専門家を中心とした学術的な活動を通して、10 年先を見据えてひふみの運用に落とし込むことや、より多くの人を巻き込んだコミュニティや勉強会として機能することを目指します。

奥 真也さん プロフィール
東大医学部卒、英レスター大MBA取得。医師、医学博士。専門は医療未来学、放射線医学、医療情報学。東大准教授、会津大教授を経てビジネスに転身。製薬、医療機器、コンサルティング会社での経験あり。創薬、医療機器、新規医療ビジネスに造詣が深く、『未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと』(講談社、2020年)など著書多数。

糖尿病薬が「痩せ薬」として 巨大マーケティング力を獲得

藤野:
奥真也先生は医師であると同時に、ドイツの製薬会社で経営企画を担当された経験もあり、医療の現場とそれを支える医療ビジネスの両方に幅広い知見をお持ちです。まず、GLP-1について簡単にご説明いただけますか。

奥:
GLP-1は、本来は糖尿病の薬です。ただ、食欲抑制効果と脂肪酸酸化促進による脂肪代謝の向上が期待できるため、痩せ薬として大きなマーケティングパワーを持つようになりました。GLP-1を開発・販売しているデンマークのノボノルディスクは株価が上昇し、時価総額が非常に大きくなっています。同様の肥満症治療薬を開発・販売している米国のイーライリリーも株価が急騰しています。

久保:
私はノボノルディスクを取材で訪問したことがあります。本社は8階建てほどのビルですが、その周囲に工場や研究所が何棟も連なっていました。近隣には他のバイオベンチャー企業も集積し、同社を中心としたバイオテックシティーが形成されており、デンマーク経済において非常に重要な位置を占めています。

藤野:
デンマークは世界の主要国の中でも、GDPに占める研究開発費の割合が高く、基礎研究費を削減している日本とは対照的ですよね。

奥:
医療現場の視点では、この2社はファイザーなどと比べると地味なイメージで、最初は「糖尿病で良い薬が出てきたな」程度の認識でしたから、この株価急騰には驚きました。インターネットで検索すると、もはや糖尿病治療薬という扱いではなく、完全に「GLP-1ダイエット」のような名称で出てきます。ダイエット薬としてのニーズが高まった結果、昨年GLP-1が世界的に不足し、本当に必要な糖尿病患者に行き渡らないという事態が発生しました。このため各国の当局が「痩せ薬としての使用は問題がある」という懸念を表明したほどです。糖尿病の根本原因の一つに対処する薬ができたということは、創薬の在り方として重要です。しかし、それが痩せ薬のような使われ方で社会に広まることについては、慎重に考える必要があると思います。

保険適用外でも自由診療で 健康の質を高める選択肢

藤野:
日本では、GLP-1は肥満症の治療薬として、保険適用されるそうですね。

奥:
肥満が原因で心筋梗塞や脳卒中など心血管系のリスクが高い人は、保険でカバーされます。ただし、BMI(Body Mass Index:肥満度を表す指標)値や、肥満に関連する具体的な健康障害など、細かい条件を満たす必要があります。本来は糖尿病の薬ですが、二次的な使用法として、高度の肥満で心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中など)のリスクが高い人を助ける。そういう意味では、非常に優れた製剤が開発されたと言えます。しかし、そこまでの重症度ではない肥満についてはどうでしょうか。保険適用の基準に達しないまでも、日頃から脳出血や心筋梗塞などのリスクを気にしている人、あるいは外見的な理由から減量を望む人も多くいます。そうした人たちにとっては、結局のところ、どの程度の労力と費用をかけるかという問題になります。

藤野:
保険適用外、つまり自由診療でGLP-1を使用するということですね。

奥:
自由診療でカバーされる選択肢があることは、必ずしも悪いことではありません。例えば、歯科治療では神経を抜くことがよくあります。この神経は「歯髄(しずい)」と呼ばれます。通常、歯髄を抜くと、その歯は10年ほどで機能を失います。でも、親知らずなどを抜歯する際に歯髄を採取して保存しておけば、後で歯髄のない別の歯に移植してその歯を再生することができます。このような技術を提供している企業が複数あり、自由診療でこれを選択したいと考えることは悪いことではありません。人々の寿命が延びるにつれ、健康の質を高めることにお金をかける傾向が強まります。肌の再生などもその一例ですが、医療技術の進歩に伴うこうした自由診療ビジネスは、今後、大きな分野に成長するでしょう。

医療の進歩が実現する「健康をあきらめない」未来

久保:
日本でGLP-1のような薬が開発される可能性はあるのでしょうか。

奥:
政府は創薬に力を入れる方針を打ち出していますが、難しいと思います。ここ30年ほど創薬への投資を控えてきた日本が、簡単にその分野で成功するとは考えにくいからです。

藤野:
日本の製薬会社は、研究施設を含めて事業の拠点を米国など海外にシフトしています。そのため、国内で創薬研究を行なえるのは、東大、京大などの一部の大学に限られますが、十分な研究資金が投入されているとは言えません。今後、創薬分野での成長を期待するのは難しいでしょうね。しかし、その一方で医療機器、光学機器、検査キット関連分野などでは、日本にも高い技術力を持つ企業があります。内視鏡のオリンパスもそうですし、手術支援ロボットで注目を集めるシスメックスもそうです。

奥:
おっしゃる通りです。日本は超音波や内視鏡の技術で世界をリードした時期もあり、医療機器分野には可能性があると考えています。

久保:
オリンパスは幅広い領域で事業を展開してきましたが、ヘルスケア分野に特化する決断をしたようです。

奥:
オリンパスやシスメックス、富士フイルムなどは、明確な方向性を持って柔軟に事業を展開し、ヘルスケア分野の比重を高めつつあります。将来を見据えると、こうした戦略は非常に意味があると思います。

久保:
ひふみ目論見倶楽部は、10年後にあるべき未来を考えることを一つの目的としています。10年後にGLP-1 によって肥満症が解決されたら、世界はどう変わるとお考えですか。

奥:
GLP-1が欧州で爆発的に売れている状況を見て、「痩せている人は魅力的だ」という価値観が、どこの国でもあるのだなと実感しました。その背景には、この20~30年間、医学が「痩せていることが健康的であり、肥満は健康リスクを高める」という主張に加担してきたことがあります。GLP-1 のような痩せ薬が普及していく中で、医療関係者は「痩せていることが絶対的に正しいのか」ということを改めて考える必要があると思います。

藤野:
GLP-1の普及時、ジム通いの人が減るという予測から、世界中のフィットネスクラブ関連の株価が下落したことがありました。しかし、半年ほど経つと、重度の肥満だった人がGLP-1 で中等度の肥満になり、ジムに通い始めたというデータが出てきました。運動をあきらめていた人たちが再び運動を始めるという点が興味深いですね。

久保:
極度の肥満で手術が不可能だった人が、GLP-1でBMI値を下げて手術可能になったため、心臓カテーテルを扱う医療機器会社の株価が上昇したという話もあります。

奥:
健康上の理由であきらめていた人があきらめなくなる。医療技術や自由診療ビジネスの発達によって、そのような社会が到来すると考えています。

藤野:
医療の進歩は、社会を変革します。先生の著書には「遺伝子解析技術の発達により2035年にはがんの大半が治癒可能になる」と記されています。がんについても今後、奥先生にお話を伺う予定ですので、ご期待ください。
〈2024年7月18日収録〉


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