もっと知る・もっと学ぶ ひふみラボ

タグで記事を検索

治療技術の発展がもたらす がんと人が共存する未来 【ひふみ目論見倶楽部 専門分野編#3 奥真也さん】

成長産業を提示し、10 年後の未来を創造する「ひふみ目論見倶楽部」。今回は、以前「GLP-1」についてお話しいただいた医師で医療未来学者の奥真也さんに再びご登場いただき、がん治療の最前線や、がんと人が共存する未来の実現可能性について語っていただきました。その一部を抜粋して紹介します。

ひふみ目論見倶楽部とは?
「ひふみ目論見倶楽部(愛称:ミーモ)」は、未来の選択肢を提示し創造することを目指して設立しました。「目論見倶楽部」という名前は、未来を企画して前進し世の中を動かしていくというニュアンスを「目論む」という言葉に込めて名付けました。 ひふみが提示する新しいアクティブファンドの在り方、そして「ひふみの魅力」を形づくる中核的な活動が、この「ミーモ」です。レオス・キャピタルワークスのメンバーや外部の専門家を中心とした学術的な活動を通して、10 年先を見据えてひふみの運用に落とし込むことや、より多くの人を巻き込んだコミュニティや勉強会として機能することを目指します。

奥 真也さん プロフィール
東大医学部卒、英レスター大MBA取得。医師、医学博士。専門は医療未来学、放射線医学、医療情報学。東大准教授、会津大教授を経てビジネスに転身。製薬、医療機器、コンサルティング会社での経験あり。創薬、医療機器、新規医療ビジネスに造詣が深く、『未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと』(講談社、2020年)など著書多数。

遺伝子検査の普及により がん治療の有効性が向上

久保:奥先生は、ご自身の著書『未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと』(講談社現代新書)の中で、「遺伝子解析技術の発達により、2035年にはがんの大半が治療可能になる」と書かれています。「がん=不治の病」という従来のイメージを覆す、最新のがん治療についてお聞かせいただけますか。

奥:かつてはがん宣告を受けた人の多くが死を覚悟しましたが、現在では必ずしもそうではなくなってきています。それに大きく貢献したのが、2008年に米国のイルミナ社が発売した遺伝子検査機器です。これによって遺伝子検査が広く普及し、それまで1人の遺伝子解析に約10億円かかっていたコストが10万円を切るようになりました。これはがん治療における革新的な出来事だと言えます。

藤野:一般の患者も遺伝子検査を受けやすくなった訳ですね。

奥:遺伝子検査で異常な箇所が分かれば、悪いところだけにフォーカスした治療ができるようになります。そこで大きな役割を果たすのが、10年ほど前に登場した「分子標的薬」と「免疫チェックポイント阻害剤」です。この「分子標的薬」とは、病気の原因となっている特定の分子にのみ作用する薬のことで、正常な細胞にも攻撃を加える従来の抗がん剤に比べて、副作用が抑えられるのが特徴です。また、がん細胞には正常な免疫にくっついて、他の免疫からの攻撃を避ける能力がありますが、その結合を解くのが「免疫チェックポイント阻害剤」です。がんと免疫の“不適切な関係”を断つことで、体内の免疫が正常にがん細胞を攻撃できるようになります。

直近の10年間で、様々ながんに対するアプローチが容易になった背景には、この2つの薬の存在が大きく寄与しています。その有用性の高さから、私はこれらをがん治療における“二種の神器”と呼んでいます。

誤解されやすい「標準治療」正しい知識で適切な判断を

久保:この“二種の神器”が、がん治療における現在のスタンダードだということでしょうか。

奥:もちろん、この2つ以外にも様々な手法が採られています。外科手術は、がん細胞そのものを取り除くという意味で今も高い優位性がありますし、従来の抗がん剤、放射線治療にもそれぞれに強みがあります。これらを組み合わせた治療を「標準治療」と呼ぶ訳ですが、皆さんは標準治療と聞いてどんな印象を受けますか。

藤野:良くも悪くもない、「並」「偏差値50」というイメージでしょうか。

奥:標準治療とは、「科学的なエビデンスが認められた現時点で最善の治療」ということで、基本的には医療保険制度が適用されます。しかし、患者さんに標準治療を勧めると「標準ではなく、もっと良い治療を受けたい」と言われることが多く、その定義が正しく理解されていないと感じます。一方で「先進治療」「先端治療」と呼ばれる手法には、その語感から「最新」「優れている」というイメージを受けます。しかし、医師の立場から言わせてもらえば、それらにはともすればエビデンスが不十分な部分があります。先進治療を選択するからには、リスクを含めて、その内容をよく理解していただきたいと思います。

藤野:我々、患者側も正しい知識を持って、科学的観点から病気に向き合うことが大事だということですね。

奥:もう1つ強調しておきたいのは、日本の医療保険制度は、現在の日本の国力に対して不釣り合いなほど贅沢であるということです。1961年に「国民皆保険」が始まって以来、国民はその贅沢に慣れ切ってしまっていますが、足元を見れば財政状況はすでに崖っぷちです。制度存続のために、どのような設計をするべきか、日本全体で議論する必要があると思います。

がん治療に伴う経済的負担は 金融業界が担うべき課題の1つ

久保:そのほか、がん治療における新しい動きを教えてください。

奥:皆さんに知っておいてほしいのがDDS(Drug Delivery System:病気の原因となっている場所に薬を直接届ける技術)を活用した治療です。放射線を運ぶRIT(Radio Immuno Therapy)、光免疫療法などが挙げられますが、私が“3つ目の神器”になり得る存在として注目しているのがADC(Antibody Drug Conjugate)です。これは抗体に薬を結合させたもので、抗体の可動性を利用してがん細胞内に入っていき、がん細胞に直接薬を投与できるという仕組みです。アルファ線などの高エネルギー治療もADCと並んで有望と考えられます。運搬方法にこだわるあまり、そこに添付する薬の開発が追いつかなかったのが昭和の時代。それに対して、運搬と薬を分けて発想し、それぞれの最適解を目指そうというのが現在の考え方です。薬のさらなる進化と、DDSの組み合わせにより、今後治せるがんの範囲は確実に広がると予想しています。

藤野:奥先生のお話を聞いていると、「がんに罹ることは必ずしも不幸ではないのではないか」と思えてきます。

奥:終活に向けた準備ができる分、突然死よりもベターだと考えることができます。残された人生の時間を、長らく音信不通だった相手との仲直りに使うこともできる訳です。

藤野:仮に、電車や街中ですれ違う人たちを無作為に抽出したら、がん患者の割合はかなり高いのではないでしょうか。現代において、がんはそれくらい一般的な病気ですし、一生をかけて向き合っていくものだという考え方が浸透してきていると感じます。

奥:そうですね。患者さんの既往歴を見ると、がんを経験している方が結構いらっしゃいます。そういう方が普通に社会生活を送っていることは、私たちにとって1つの希望だと言えるかもしれません。とはいえ、がん治療にはお金がかかります。いわゆる“命の値段”の考え方についても、フラットな視点で議論を進めていかなければなりません。

藤野:がん治療に伴う経済的負担の増大は、民間の保険会社をはじめとする金融業界全体が考えるべき課題の1つだと思います。「高額治療が必要なときには、みんなのお金で助け合おう」という考えが、昔から続く保険システムの原理原則だからです。

奥:どの世代の患者さんとお話ししても、民間の医療保険商品は複雑だと感じていらっしゃいます。今後、公的医療保険制度だけで立ち行かなくなれば、そこに民間医療保険を組み合わせていくことが予想されますが、それを担う業界のモラルは今後ますます厳しく問われていくのではないでしょうか。

藤野:本日の奥先生のお話の中には「分子標的薬」や「免疫チェックポイント阻害剤」、「DDS」「ADC」などの専門用語がたくさん出てきました。これらはいずれもがん治療の動向を知り、10年後の社会を予測するための重要なキーワードとなります。投資という観点からも、その名称や概要を理解しておくことが大切ですね。〈2024年10月11日収録〉


※当記事のコメント等は、掲載時点での個人の見解を示すものであり、市場動向や個別銘柄の将来の動きや結果を保証するものではありません。ならびに、当社が運用する投資信託への組み入れ等をお約束するものではなく、また、金融商品等の売却・購入等の行為の推奨を目的とするものではありません。

同じタグの記事を検索
#ひふみ目論見倶楽部