10年後の日本を明るく照らす スタートアップ育成の現在地【ひふみ目論見倶楽部 専門分野編#4 石井 芳明さん】

成長産業を提示し、10年後の未来を創造する「ひふみ目論見倶楽部」。今回は元経済産業省官僚で、現在は独立行政法人中小企業基盤整備機構の創業・ベンチャー支援部長を務める石井芳明さんをゲストに招き、スタートアップ育成の現状と今後の展望を藤野と共に語り合いました。その内容を一部抜粋してお届けします。
>>>動画全編はこちら
ひふみ目論見倶楽部とは?
「ひふみ目論見倶楽部(愛称:ミーモ)」は、未来の選択肢を提示し創造することを目指して設立しました。「目論見倶楽部」という名前は、未来を企画して前進し世の中を動かしていくというニュアンスを「目論む」という言葉に込めて名付けました。 ひふみが提示する新しいアクティブファンドの在り方、そして「ひふみの魅力」を形づくる中核的な活動が、この「ミーモ」です。レオス・キャピタルワークスのメンバーや外部の専門家を中心とした学術的な活動を通して、10 年先を見据えてひふみの運用に落とし込むことや、より多くの人を巻き込んだコミュニティや勉強会として機能することを目指します。
石井 芳明さん プロフィール
経済産業省にてスタートアップ政策、中小企業政策に従事。J-Startup、始動 Next Innovator、新 SBIR 制度、スタートアップ・エコシステム拠点都市、日本スタートアップ大賞など、各種プログラムの創設を担当。2024年7月より中小企業基盤整備機構の創業・ベンチャー支援部長としてスタートアップ支援の実施を強化中。早稲田大学大学院商学研究科修了。博士(商学)。
先見性ある投資家の存在が イノベーションを左右する
藤野:石井さんは経済産業省時代から現在に至るまで、一貫してスタートアップ支援に注力されてきましたね。
石井:私がスタートアップに本格的に従事し始めたのは、第二次安倍晋三政権下の2013年です。アベノミクスの“三本の矢”の1つである「民間投資を喚起する成長戦略」の中に、国の方針として初めて「スタートアップの育成」が盛り込まれたことが大きな契機となりました。その安倍路線を踏襲し、さらに加速させたのが岸田文雄政権です。2022年に「今年をスタートアップ創出元年とする」と宣言したのち、「スタートアップ育成5か年計画」を策定。これにより、各省庁が一枚岩となって、スタートアップに対する税制優遇や環境整備に取り組むようになりました。それと同時に岸田さんが掲げたのは、「新しい資本主義」というキーワードです。これは、官民連携によって成長と分配の好循環をつくり、社会課題解決と経済成長の“二兎”を追うべきだという考え方です。その“二兎”を追う新しいプレーヤーとして、スタートアップに期待が高まっているのです。スタートアップが社会課題解決と経済成長の両方に寄与した例としてわかりやすいのが、新型コロナワクチンの開発です。米国のモデルナなどは、創業間もない企業でありながら、世界的に大きな成功を収めました。
藤野:ワクチン開発に成功した米国と、失敗した日本。この明暗を分けたのは、投資家の存在だと言えます。コロナワクチンの基盤となったmRNA(メッセンジャーRNA)の研究は国内でも進められていましたが、日本にはそこに着目する投資家がいなかった。先見性のある投資家が新技術にいち早く着目し、積極的な投資を行なうことの大切さを思い知りました。
石井:ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授の名著『イノベーションのジレンマ』にもあるように、既存プレーヤーが新興プレーヤーにパージされるのは、怠慢が理由なのではありません。往々にして破壊的革新は市場の外で発生するため、市場にばかり気を取られている既存プレーヤーはそこに気づくのが遅れてしまうのです。
藤野:最近は日本の大企業もCVC(コーポレートVC)に取り組むところが増えてきました。しかし、あまり芳しい成果は得られていない印象です。
石井:そこで重要になるのが個人投資家です。個人投資家による大胆な資金注入が期待できれば、大企業もリスクにとらわれず、その“ジレンマ”を解消できるのではないでしょうか。

平等と自由は“仲の悪い兄弟”博愛の精神で両者を取り持つ
藤野:マクロ経済におけるスタートアップの影響力も年々増していますね。
石井:現在、スタートアップによるGDP創出は10兆円、雇用創出は52万人と言われます。日本経済新聞社が選出したNEXTユニコーン(企業価値10 億ドル以上になり得る有望なスタートアップ)の平均給与が、東証上場企業の平均を超えたというデータもあります。
藤野:今後、石破茂政権は地方創生に力点を置くと見られますが、地域活性化の面でもスタートアップが担う役割は大きいと言えます。
石井:富山、浜松、名古屋、福岡などの大規模な都市は、起業家育成プログラムを次々と打ち出しています。しかし、懸念されるのは人口の少ない自治体への支援です。そこで公平の原則をどう担保するかは、非常に難しい問題だと思っています。
藤野:困っている自治体を救済することは大前提としても、地域間競争の促進も重要ですよね。平等と自由はどちらも崇高な概念とはいえ、一方を求めれば一方が蔑ろになる、いわば仲の悪い兄弟のようなものだからです。それを解決するヒントが、フランス国旗にあります。青・白・赤の3色が表わすのは、自由・平等・博愛。つまり、自由と平等を両立するためには博愛の精神が必要だというわけです。私自身、投資家に利益を還元することが第一の目標ですが、一方で、拡大が続く経済格差を解消する手立てについても日々模索しています。その2つの両立は矛盾しているように感じますが、博愛の視点を加えると、進むべき道が見えてくるから不思議です。
石井:それに関して言うと、経産省は「自由」重視の組織です。以前、大田区役所に出向し、町工場支援を担当していた時のこと。私が「すべての工場を救うことはできない。頑張っているところから応援しよう」と言うと、「あくまですべての工場を救うべきだ」と職員から強い反発を受けました。世の中の課題を、自由と平等の二元論で解決することは困難です。その溝を博愛の精神で埋めるという藤野さんの視点は、とても説得力があります。

閉塞感の漂う日本だからこそ スタートアップの活力が必要
藤野:日本のスタートアップの課題はどこにあるとお考えですか。
石井:創業からの時系列をシード(初期 )、アーリーミドル( 中 期 )、レイター(後期)の3つに分けた時に、大きく成長する手前のレイターの時期に資金が枯渇してしまうことです。その時期にまとまった資金を供給するシステムや金融商品がもっと身近になれば、世界の名だたるスタートアップと勝負できるような強固なインフラが確立できると信じています。
藤野:そうした問題を解決するために、弊社でも新しいファンドを組成・運用しています。一般投資家にとってハードルの高かったスタートアップへの投資を可能にし、レイターステージでのさらなる成長を応援できる仕組みになっています。
石井:それは心強いですね。いざこれからという時にガス欠を起こさないように、スタートアップを支援する仕組みをつくることはとても大切です。
藤野:ところで、以前なら大企業に流れていたような優秀な学生が、起業をめざすケースが多くなってきたように思いますが、人材についてはどうお考えですか。
石井:私が国内の大学に望むのは、教授に学生の起業をもっと応援してほしいということです。以前、マサチューセッツ工科大学の教授に「どうしてそんなに起業にポジティブなのですか」と質問したところ、返ってきたのは「成功例を見ているからだよ」という答えでした。さらに「失敗したら、大学に戻って教授をやればいい」ともおっしゃっていました。
藤野:日本も米国のように人材の流動性が高まれば、スタートアップの受容性もおのずと上がるでしょうね。ちなみに、私が個人的に頑張ってほしいと思うのは、シードと呼ばれる段階の企業です。創業初期の会社には、「もうだめだ」と諦めかけたところから一転、起死回生を遂げるような劇的な展開に立ち会う瞬間があります。
石井:以前、スタンフォード大学の教授が「失敗した状態を良しとしない人が成功する」と言っていたのを思い出します。起業家に明るく楽観的な人が多いのも、そうした経験の有無が関係しているのかもしれません。
藤野:それは、閉塞感の漂う今の日本だからこそ必要な精神ですよね。その機運をさらに高めるべく、官民を挙げたスタートアップ支援はますます充実していくことでしょう。これからどのような企業が成長していくのか。10年、20 年後の日本が楽しみです。〈2024 年12月2日収録〉
※当記事のコメント等は、掲載時点での個人の見解を示すものであり、市場動向や個別銘柄の将来の動きや結果を保証するものではありません。ならびに、当社が運用する投資信託への組み入れ等をお約束するものではなく、また、金融商品等の売却・購入等の行為の推奨を目的とするものではありません。
同じタグの記事を検索
#ひふみ目論見倶楽部