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スナックは"夜の公共圏" 歓楽街から地方創生のヒントを探る【ひふみ目論見倶楽部 専門分野編#5 谷口 功一さん】

成長産業を提示し、10年後の未来を創造する「ひふみ目論見倶楽部」。今回は、東京都立大学法学部教授で「夜のまち研究会」研究代表を務める谷口功一さんに、スナックという切り口から、地方創生の問題点などについてお話しいただきました。“スナックひふみ”と題し、飲み物を片手に展開されたトークの一部を抜粋して紹介します。

ひふみ目論見倶楽部とは?
「ひふみ目論見倶楽部(愛称:ミーモ)」は、未来の選択肢を提示し創造することを目指して設立しました。「目論見倶楽部」という名前は、未来を企画して前進し世の中を動かしていくというニュアンスを「目論む」という言葉に込めて名付けました。 ひふみが提示する新しいアクティブファンドの在り方、そして「ひふみの魅力」を形づくる中核的な活動が、この「ミーモ」です。レオス・キャピタルワークスのメンバーや外部の専門家を中心とした学術的な活動を通して、10年先を見据えてひふみの運用に落とし込むことや、より多くの人を巻き込んだコミュニティや勉強会として機能することを目指します。

谷口 功一さん プロフィール
東京都立大学法学部教授。夜のまち研究会研究代表。1973年大分県生まれ。東京大学法学部卒後、同大大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。専門は法哲学。著書に『ショッピングモールの法哲学』(白水社)、編著に『日本の夜の公共圏 スナック研究序説』(白水社)など。2016年より同教授。2023年度より同法学部長も務める。

軒数は下降線を辿るも時代と共にアップデート

平塚:谷口さんは、法哲学者としての視点を活かし、スナック研究を通して日本の世相を分析されています。2023年の著書『日本の水商売 法哲学者、夜の街を歩く』(PHP 研究所)に、弊社藤野の『ヤンキーの虎―新・ジモト経済の支配者たち』(東洋経済新報社)を引用していただいたことが、今回のご縁につながりました。まずは、研究対象としてスナックに興味を持たれた経緯を教えてください。

谷口:法哲学の文脈で「公共性とは何か」を考える時、一般的にクローズアップされるのはボランティアや NPOなど昼間の市民活動ばかりです。しかし、人間は昼間だけ活動しているわけではありません。「夜の社交も市民活動の一部と見なしていいのではないか?」と考えたことが、スナックに関心を持った一つのきっかけです。加えて、大阪のあるニュータウンを視察した際に偶然耳にした話も、その仮説を裏付ける材料となりました。このエリアの区長さんいわく、「どこのニュータウンも高齢化と人口減少に頭を抱えているのに、ニュータウンに挟まれた谷筋の古い集落はあまり人が減っていない」と。その理由を尋ねたところ、彼が口にした答えは「スナックがあるから」でした。その一帯は昔から祭りが盛んで、祭りの季節になると若者が帰省し、昼は運営準備、夜は近所のスナックに集まって、わいわい飲むのだそうです。つまりスナックがあることで、外に出た者と地元とのつながりが保たれ、U ターンを促す一つのきっかけになっているとのこと。その話を聞き、“夜の公共圏”としてのスナックにより強く惹かれ、サントリー文化財団から研究助成をいただく形で、「夜のまち研究会」を発足しました。

藤野:現在、全国にはどの位のスナックが存在しているのですか。

谷口:研究を始めた当初は15 万軒程ありましたが、ただでさえママやマスターの高齢化が深刻化していたところに、コロナの流行が追い打ちをかけ、現在は約5万軒にまで減っています。しかし、そうした困難な時代でも、高齢化社会に対応した新しいビジネスモデルが次々と登場しています。一つは、営業時間外の昼間のスナックを市が補助金を出して貸し切り、デイケアとして活用するもの。そしてもう一つが、要介護者やがん患者に特化した「介護スナック」です。店内は安全に配慮した造りになっており、事前に施設や家族と相談して決めた量の酒が提供されます。スタッフは介護士や看護師が担当。健康上の不安がある方も安心して飲める場所になっています。

藤野:最近は、若者がスナックを起業・継承する動きも目立ちますね。

谷口:カラオケなし、タバコなし、ノンアルOK、22時に閉店という新形態のスナックもあれば、自分の注文にいくらか上乗せすれば、隣のお客さんに1杯目をご馳走できるシステムを導入する店もあります。時代に合わせてアップデートされたスナックが次々と生まれているのは喜ばしいことですね。

社会関係資本の最後の砦としてスナックをどう維持するべきか

藤野:私はふだん飲まないのですが、今回のセミナーのために地元・逗子市の、あるスナックに事前調査に出かけました。入ってみると、常連客とおぼしき人たちが「今度、駅前のどこそこで工事が始まる」など、極めてディープな地域情報を交換し合っているのが印象的でした。そうした例を含めて、スナックは社会においてどんな役割を担っているとお考えですか。

谷口:世界に目を向けてみると、イギリスのパブ、オランダのコーヒーハウスのような飲食店が、市民的連帯性を高める上で大きな役割を果たしてきました。日本において、それに相当するものがスナックだと思っています。ちなみにイギリスでは、コロナ流行後にパブが激減。それによって「労働者階級の生活環境が悪化した」「過激なブレグジット支持層が増えた」というデータが出ています。つまり、パブというサードプレイスが失われたことで、公共の抑止力が働かず、極端な政治思想に走りやすい状況が生まれているというわけです。日本のスナックも同様に、サードプレイスとしての役割を担っていることは確かですし、とりわけ独居高齢者にとっては、スナックが社会関係資本の最後の砦になっているという側面があります。足元のコミュニティーを維持するという意味でも、スナックを残していくことには、大きな意義があると思っています。

平塚:全国のスナックが急激に減っていくなかで、どういう施策を打てば寂れた歓楽街に活気が戻るのか。つまり、インバウンド需要も含めて、いかに従来と異なる客層を取り込めるかどうかは、今後のコミュニティーを維持していく上で重要な課題だと言えます。

谷口:おっしゃるとおり、外国人観光客はスナックをとてもおもしろがってくれます。しかし、私自身はインバウンド需要には懐疑的な立場です。スナックの人気はママやマスターの人柄に支えられているところが大きく、売り上げの8割から9割は常連客によるものです。そこに知らない人がどんどんやってくると、常連客が離れていく可能性も否定できません。スナックは誰にでも開かれた場所ですが、だからといって誰でも入っていいわけではな
い。ゆるやかな同調性を保ちつつ、良い意味で保守主義的な場所であり続けるのが望ましいのだろうと思っています。

地域経済を反映する夜の街 鍵を握るのは“ヤンキーの虎”?

平塚:私は旅行が趣味で、休みの日は全国津々浦々を回るのですが、最近、地方の歓楽街を歩いていると、その衰退ぶりをひしひしと感じます。

谷口:特に首都圏を除く東日本は顕著ですね。人口分布と同様、スナック分布にも「西高東低」の傾向が見て取れます。夜の街の活気は、地域経済を測るバロメーターであり、その地域経済の鍵を握るのが、藤野さんの言う“ヤンキーの虎”です。実は地方のスナックを支えているのも、この層です。

藤野:そうですね。少し補足しますと、“ ヤンキーの虎 ” とは、学歴こそ高くないものの、持ち前の統率力や商才を武器に、地元で事業を成功させてきた人たちのことです。しかし、最近は彼らの 3 大成長セクターであった「携帯販売」「介護事業」「コンビニ」が飽和状態となり、勢いに陰りが見え始めています。現在は虎同士の合併が起きている状況で、ここが元気でいてくれないと、日本経済の厚みが保てなくなると危惧しています。

平塚:地方創生には、税金によるその場限りの再分配などよりも、“ヤンキーの虎”のような地域経済の多様な担い手の存在に目を向け、それに対して持続可能な手を打つことが必要だと思います。

谷口:私は日本青年会議所(JC)に所属していたことがありますが、地域運営は JC を筆頭に、消防団、商工会、農協といった地元の面々が汗をかくことで成り立っています。彼らと “ ヤンキーの虎 ” の層は完全に一致していて、そうした人々抜きでは地域活動は立ち行かないことをあらためて強調したいです。大学教授のような都会のインテリは、往々にしてその存在を軽視しますが(笑)、地方のスナックに活気がなかなか戻らないのも、この層の景気後退に起因していると感じます。

藤野:これまではある意味、“根性の世界”でやってきた地域経済の担い手にも、経済の成熟と共に近代化が求められています。それがきちんとできる企業は今後も伸びていきます。ぜひ、頑張っていただきたいですね。
〈2025年3月6日収録>

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