あの人気食材から考える「食の未来」(後編)【アナリストの取材ノート#5】
当社のアナリストが過去の取材ノートを紐解き、振り返りながら1歩先の未来を考える「アナリストの取材ノート」。
第5回は、前回に引き続きシニア・アナリスト小野が「サーモン」から、持続可能な食糧生産について考えていきます。
<プロフィール>
小野 頌太郎(おの しょうたろう)
レオス・キャピタルワークス 株式戦略部 シニア・アナリスト
2012年よりアルバイトとしてレオス勤務。2014年、東京大学農学部卒業後、新卒でレオスに入社。トレーディング部にて国内株式の執行業務、パートナー営業部にて国内外の投信及び機関投資家営業に従事。
2018年より株式戦略部でアナリストとして企業調査を行なう。歴史とサーモンが好き。
前回は、サーモン養殖業界の歴史と成功についてふれました。
食の多様化や高まる健康意識からノルウェーとチリで生産される養殖サーモンを中心に需要が伸び、世界中の食卓に届けられています。
しかし供給については、生産量を十分に増やすことができていないという実情があります。
その主な課題は環境にあります。
養殖に適している地域が限定的なことから、生産が一部地域に集中してしまい、環境負荷が増大し環境破壊につながってしまう恐れがあるためです。
また、生産地と消費地が離れているために、輸送にかかる費用や温室効果ガスの排出も無視できません。
冷蔵物流が発達したとはいえ、鮮度を失わずに運ぶには空輸に頼る必要があります。
そこで今回は、従来の海面養殖の問題について整理し、その後問題の解決策の一つである「陸上養殖」について紹介します。
そこから今後の持続可能な食糧生産のあり方について考えていきたいと思います。
養殖の課題とジレンマ
従来の海面養殖は、これまでいくつかの問題が指摘されてきました。
自然の海と違い、養殖場は魚の密度が高くなります。
そのため病気や寄生虫が発生し蔓延する確率も高くなります。
特に海シラミの問題は深刻です。
海シラミは養殖魚の健康を損ない死亡率増加につながるため、繁殖を防ぐため薬品を投与することが一般的ですが、薬品による周辺環境や生態系への悪影響も懸念されます。
養殖サーモンは網から逃げ出し、周囲の生態系を乱す危険性があります。
養殖所から逃げ出した養殖魚は、野生魚に病気を移すリスクがある他、交配することで遺伝的影響を与える可能性もあります。
野生魚が生息していたとある川では、大規模な養殖所ができてから野生魚に異変が起き、川から消えたという報告があります。
そのため野放図な生産拡大を許すわけにはいかず、ノルウェーなどの主要生産国ではライセンス制度により生産管理されています。
生産量はライセンスによって定められており、海シラミの発生度合いによって生産量の制限が増減することになります。
また、養殖魚が海に逃げてしまった場合、罰金が課せられることもあります。
生産者にとってみれば、事業を成長させるためには体積あたりの漁獲量を増やす必要があります。
しかし闇雲に増やしても養殖魚の生存率低下や海への流出によって生産量が減少してしまうし、薬品で病気や寄生虫を抑えても環境への悪影響も大きくなります。
こういった制約の中で生産量を最大化するために様々な工夫を凝らすわけですが、環境への負荷がゼロになることはありません。
環境負荷増加への懸念から、主要生産国はライセンスの新規発行については慎重になっています。
特に2010年代以降は厳しい条件を課すようになりました。
そのため、加速する需要増に沿う形で供給を増やせていない、という現状があります。
また生産地と消費地が遠く離れているために、輸送の過程で温室効果ガスを多く排出してしまうという問題もあります。
例えばノルウェーで生産されたサーモンは、鮮度を失わないために空輸で北米や日本に輸出されます。
この間、航空機含めた輸送にかかるCO2の排出量は、サーモン1kg当たり6kgといわれています。
生産によるCO2排出量はサーモン1kgあたり8kg程度とされているので、輸送によって倍近く排出量が増えてしまうことになります。
とはいえ、生産によるCO2排出量が豚や牛と比較して少ないのは、サーモンの良さではあります。
陸上養殖で三方よし
これまでのサーモン養殖業は、天然魚の乱獲をふせぎ持続可能な漁業の達成に一定の貢献をはたしていますが、環境問題では解決すべき課題も残っていました。
しかし、実はこれらの環境問題を解決する方法も出てきました。陸上養殖です。
陸上養殖は、陸上に人工的につくられた環境下で養殖を行なうことです。
海から海水を引き込み飼育水と使用する方法や、ろ過システムをもちいて地下水を利用する方法などいくつか種類があります。
この方法によるメリットは大きく、特に海面養殖で抱えていた問題を解決することができます。
まず環境負荷の観点では、海とのつながりが遮断されているため、養殖魚が脱走することは不可能になります。
また病原菌や寄生虫が入り込むリスクもかなり低くなりました。
養殖時に発生した餌の残りカスやフンもろ過システムで取り除くことができるため、水質が悪化することもありません。
環境負荷低減により、生産拡大も可能になります。
養殖の環境を人工的に管理することができるため、飼育密度を高めることが可能になりました。
また新しく飼育用の水槽を用意すれば、それだけ生産量を拡大することができます。
海水が温いためにこれまで生産に適していなかった米国や日本でも通年生産が可能になります。
そうすると地産地消も可能になるため、輸送コストが大幅に削減され、CO2排出の観点からも優れた生産方法といえるでしょう。
もちろん原価低減を通じて事業利益への貢献も大きくなります。
2020年は陸上養殖にとって重要な年となりました。
米国において、完全陸上養殖によるサーモンの商業利用が本格的に始まり、全国のスーパーで販売されるようになったからです。
これを可能にしたのが、米国のAtlantic Sapphire社です。
2010年創業以来、同社は一貫して陸上養殖の技術開発に携わってきました。
既に年間1万トンの生産体制を整えているだけでなく、今年以降も積極的な投資を行ない2031年までに22万トンの生産を目指しています。
陸上養殖にも課題はあります。
海面と比べて多くの装置を使うことになるため投資額が大きくなります。
また輸送コストが小さくなった代わりに、電気代が非常に大きくなります。
水質の管理を間違えてしまえば、水槽にいる養殖魚が全滅してしまうリスクもあります。
そのため、小売価格も従来商品と比べて割高になっています。
とはいえ2020年に初めて行なわれた商業向け出荷は、スーパーからの引き合いが強く、消費者からの反響もとても良いものだったそうです。
環境負荷が小さいサステナブルな商品であること、またフロリダで生産された国産サーモンというブランドもあって、話題の商品となったようです。
また、輸入品と比較して鮮度が良く、味もよりなめらかになっているようです。
残念ながら日本で試食する機会はないですが、私も近いうちに試してみたいと思っています。
ここまで、従来のサーモン養殖業の課題について整理し、その解決策の一つである陸上養殖について紹介してきました。
海面養殖での生産拡大に限界を迎えている中、陸上養殖は次世代の養殖法として着実に広がっていきそうです。
日本においても、サーモンのみならず様々な水産物で陸上養殖による生産を試みています。
最近では、大手水産企業も陸上養殖への進出を発表しています。
新興企業のみならず既存企業も参入して、陸上養殖はさらなる盛り上がりを見せています。
これが将来、十分なタンパク質供給に資することを期待したいです。
また今後、この分野で大きく成長する新興企業が誕生することを期待しています。
※当記事のコメントは、個人の見解であり、市場動向や個別銘柄の将来の結果をお約束するものではありません。ならびに、当社が運用する投資信託への組み入れ等をお約束するものではなく、また、金融商品等の売却・購入等の行為の推奨を目的とするものではありません。
参考文献
https://www.bbc.com/news/uk-scotland-48266480
https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/yousyoku/attach/pdf/seityou_19-25.pdf
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/pdf/251010si1.pdf
https://www.oregon.gov/deq/FilterDocs/PEF-Aquaculture-ExecutiveSummary.pdf
https://www.suisan-shinkou.or.jp/promotion/pdf/SuisanShinkou_620.pdf
https://www.mf21.or.jp/suisankiban_hokoku/data/pdf/z0001011.pdf
https://mowi.com/it/wp-content/uploads/sites/16/2020/06/Mowi-Salmon-Farming-Industry-Handbook-2020.pdf
https://www.fra.affrc.go.jp/cooperation/knowledge_platform/salmon_sub/1st_session/files/4.pdf